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いわき 2011年4月17日

先日の余震で、いわきに居る友人に電話をしたら、彼の勤務先の中学校が
避難先となり避難者の世話をしているとのことなので、共通の友人と陣中見舞いに
行くことにした。いわきの彼の家は高台にある団地なので震災の影響はなく、
彼と家族の無事と苦労話を聞いてから震災地を案内してもらう。
被災者の見学に行くようで気がひけたが、写真を撮ってきた。

豊間のセブンイレブン
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完全に水に浸かったみたい、看板もない。

同じ場所から、壊れた家、ガレキ。
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川沿いに津波が上がったのがうかがえる。

いわき海星高校
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小名浜港にて、陸に上がった船と沈没した船
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観光案内所もこんなになった。
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時間はかかるけど復旧は進むでしょう。
原発問題と風評被害という名のイジメだけは悪化している。
3号炉のプルトニウムはどうなるのか心配。
農作物は想定してたけど、工業製品や人まで差別するようになった。
福島のクズ鉄は売れない、会津の漆器もキャンセル。
その他の製品も被曝してないことを証明する報告書を作成している。
製品を作り暮らしている人の健康を心配するのではなく、
自分の製品が売れなくなるのを心配する。また福島から来たと
いうだけで被曝しており移ると信じて差別している人がいるらしい。
家がなくなり避難してきている人の辛さを判るより
自分に影響がないようにすることを優先するのだろうか。
ガソリン待ちの車と同じように自分のことしか考えない人達がいる。
こんな人達が多数派にならないようにしたいなあ。

私は、放射線を浴びた農作物を食べ(よく水洗いするけどね)、
福島の物を買い、できれば個人営業のの店に行くことにした。
金を回さないと福島の産業は潰れる。自分のわずかばかりの金だけど
使うときは福島にお金が戻るようにしたい。
よく育った(放射線をたっぷり浴びた)ホウレン草を友人から頂いた。
ありがたい、美味しそうである。
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東日本大地震 2011年3月11日

すさまじい地震でした。

11日金曜日、会社で地震が発生。
全く止まらず揺れ続け、事務所の棚のファイルは全て
飛び出していました。余震の中、避難訓練通りに駐車場に集合。
誰一人ケガなく集合し人員確認。次に心配なのは家族の安否。
何人かで手分けして職場の電源をオフにし帰宅。

家に帰る道中も不安でしたが、国道4号線の不通の影響で
渋滞はあったもののようやく帰宅、家族の安否を確認。
停電と断水でした。電話は通じないし余震は続きましたが
寒さの中避難の準備をしながら就寝、余震のため何度も起きる。
食料は冷蔵庫&冷凍室に1週間分くらいは残っており不安はない。

翌朝(土曜日)は水の確保から。給水車は順番待ちが長そうなので
近所の湧水に並ぶ、30分ほど並んで10Lの飲料水確保。
トイレの水は下水の水をすくって使いました。
その後、近所の家の井戸水(濁っているけど)をトイレ用に確保。
また近所まで電気が通じているので、炊飯用と携帯の電源を借りた。

次はガソリン不足、翌日曜は自転車で親戚宅や友人宅を見て回る。
家屋の損壊がなさそうで安心して帰る。ここで親戚宅では
井戸水を使っていることを思い出しメールで連絡。
貴重なガソリンを使って親戚宅へ行き風呂に入り、ほっとする。
週末まで風呂は我慢することにする。

ガソリン不足はひっぱくしているにも関わらず、能天気で車で
移動する人が多すぎ。緊急車両の通行にも支障が出ている。
また、スーパーやガソリンスタンド、給水へ出かける車が多く
車に依存しすぎではないか。高速道路と一般道が復旧するまで
ガソリンと食料不足は解消されないはず。それまでは大切に
使わなければならないのに、不安に駆られ車で移動している。
私は週1回の風呂の往復だけしか車は使わないつもり。

とりあえず、いわきの親戚の無事も確認したし、当分我慢の
生活をします。

ブログ開始

今日2009年12月30日からブログを開始します。

まずは今年のベストショット、10月12日小朝日岳の紅葉。
小朝日岳091012
11日古寺鉱泉から登り鳥原小屋泊
12日大朝日に登り古寺へ下山。


今日の予定は、競輪GPで一勝負。
武田豊樹が強いレースを見せてくれると思う。
(残念2着、裏目でした)

夜は中学の同級生と36年ぶりの再会。

たこ寅 文化通り北入 ☆☆☆
  オデンは普通、日本酒の良いのがある。
  温まって上手い酒を飲むには良い店。